【前日譚Ⅰ】操り人形の自我(上)

 不思議な夢を見た。それはある森の花畑で女の子と一緒に遊んでいる夢だ。もちろん夢だってわかった。だって僕は1度だって家から出たことがないから。森や花畑だって本でしか聞いたことがない。その女の子はとっても優しい声色で話しかけてくれる。僕の名前を呼んでくれる。知らない女の子だ。でもその子に呼ばれるだけで心が温かくなる…この感情はなんだろう?そう思っていると彼女は
「私ね君と遊ぶのとっても楽しいの!〇〇くんは楽しい?」
そう語りかけてくる彼女にうん、楽しいよと答えようとした時…

ドンッ
と鈍い衝撃がきた。目を開けると自分は椅子から転がり落ちていた。見上げると”同じ顔”の父さんがいた。
「何を寝ている。お前に睡眠をとる時間はない。」
ああ、また僕はやってしまったのか
「す、すみません、今起きます。」
急いで身体を起こす。父さんに起こされるのは何度目だろう。そろそろお仕置きされてしまうかもしれない。でも仕方が無い。悪いのは寝てしまう僕のせいだから。
「呑気なものだな、まだ私の研究の半分も記憶できていないのにな。お前が20歳になるまでには私の研究を全て記憶してるぐらいではないと困ると言っているだろう。私も時間が無いんだ。夜も寝る間を惜しんでやれ。いいな。」
そう言って父さんは部屋を出てった。そうだ。僕は父さんのために頑張らなくちゃいけないんだ。早く覚えなきゃっと思い、机の上に乱雑に置かれてる紙類をまとめ、ドアを塞ぐように積まれてる分厚い本たちの1冊を手に取ってまた締め切ったカーテンの中で黙々と読み進める。時間感覚は外から入ってくる兄さんや母さんたちで判断する。たまに窓から鳥のさえずりが聞こえる。以前開けて鳥達を眺めていたら父さんにぶたれてしまった。だからカーテンを開けないようにしてる。開けてると眺めてしまいたくなってしまうから。
しばらく読み進めているとコンコンっとノックが聞こえた。
「ダー、入るぞ」
そう言って入ってきたのは兄のダイだった。僕には2人の兄と1人の姉がいた。長男のクダ兄と長女のクラ姉はあまり僕のところへ来ない。多分父さんがそう言っているのだろう。仕方が無い。父さんの言うことだから。でもダイ兄は違った。いつも僕の様子を見に来る。なんで父さんの言うことに背くんだろう?っと不思議に思う。
「ダー、夜飯ここに置いとくからな。」
そうしてたくさんの錬金術の書物がある僕の机のスペースの所に夕食を置いてくれた。今日のご飯は鶏肉とレタスを挟んだサンドイッチとジャガイモのスープ。温かそうな湯気がたっている。まあ食べる時には温かさもなくなって関係ないんだけど。
「う、うんダイ兄さんありがとう。」
「……」
「ん?どうしたの?兄さん。」
「なぁ、ダー…辛くないか?」
しばらく僕の顔を見たと思ったら突然言い出した。いつもならじゃあな、頑張れよっといって部屋から出ていくのに。
「ふぇ?全然辛くないよ?どうして?」
「……本当にか?こんな外の光もなくて錬金術の本や紙だけが山のようにあるひとりぼっちの部屋で、毎日毎日ほとんど寝ずに錬金術だけのことを考えて…外に…出たくないのか?友達とか…つくりたくないのか?」
と兄さんは今にも泣きそうな顔をしながら聞いた。なんでそんなに泣きそうな顔をしてるんだろう。それにこれは”普通”のことでしょ?なんで変なことみたいに言うんだろう…不思議で仕方がない。兄さっと声をかけようとした時、兄さんは小さな声で何かを言った。
「お前お花屋さんになりたいって言ってたじゃないか…」
「…んぇ?兄さん…なにかいっ…」
「いや、なんでもない。ごめんな!邪魔して…もう…行くから」
そう言って兄さんは部屋から出ていった。
「…なんだったんだろう…」
いつもの兄さんらしくなかったな〜っと思いながら僕はまた錬金術の本を読み進める。辛いという感情がよく分からない。錬金術は好きだ。今まで知らなかったことがどんどんわかる。それにひとつ分かったらわからなかったところが芋づる式に分かってくる。そこがたまらなくおもしろいんだ。それなのに…どうしてだろう?そんなことを考えながら本を読んでいたらいつの間にか何時間も過ぎていた。外からはしんしんっと音がする。どうやら雪が降ってるようだ。そういえば今は…何月だろう。季節的にはもう春が近いはずなのに…でもまだまだ春は来ないみたいだ。そう思いながら服を着込んで遅めの夕食を一人で食べながら父さんが錬金術についてまとめた羊皮紙の束を読み進めていく。

「ん………!!」
どうやらいつの間にか寝ていたようだ。また父さんに怒られてしまう!そう思ったがどうやら父さんが来る前に起きれたようだ。少しほっとしているとドアの外から2つの声が聞こえる。これは…父さんとダイ兄…?でも途中途中で聞き取りづらい部分がある…
「なぁ父さん…ダーをずっとあのままにしておくのか?」
「何か問題あるか?あれはあ……ままでいいんだ。」
「父さんは少しは可哀想だと思ったりしないのかよ!仮にも………くだぞ?」
「か………?あれをお前は……ぞ…だと思ってるのか?所詮あいつは……ろ……んだ…ぐ…だ。慈悲は必要ない」
「でも…!!それならなんで……したんだ」
「これは全てじ………んだ。なんならお前達でやってもいいんだぞ?やりたくないだろ?」
「…っ!!!それは……」
どうやら父さんと兄さんは僕について口論してるみたいだ。今日の兄さんは変だな…いつもはそんな事しな
いのに。
「夜中に二人ともなんの話しをしてるの?」
この声は…姉さん?久しぶりに聞いた気がする。
「クラ!お前も父さんに言ってくれ!このままだとダーが可哀想だ!!」
「なにが?あれが可哀想?まったく…ダイいい加減にしなさい。お父様に失礼よ」
「お前まで…!」
「全く無駄な時間を過ごしてしまった…」
「くっ…!!」
「まぁそうね…そうお父様、実は私もお話があります」
「…はぁ…お前もか…なんだ?」
「ダーを…旅に出してはいかがですか?」
「!?」
た…び…?旅って…なんで姉さんまでそうなことを…みんな様子がおかしい。
「旅…?何を言い出すかと思ったらお前まであれを…」
「いえ、最近あれの進み具合が悪いと聞きました。たしかに記憶することも大切ですが進みが悪いのはきっと部屋の中でずっといるからという原因もあるはずです。錬金術はフィールドワークも大切だとお父様が仰っていましたよ。」
「………なるほど…まぁ考えとこう。」
そう言って父さんは部屋へ戻って行ったみたいた。フィールドワーク…実際に外には出たこと無かったけど部屋の敷地内の庭でなら少しだけ…たしかにいろんなものが見れて楽しかった…けど、僕はまだまだ未熟だからそんな…できるはずが…するとまだ声がするのに気がついた。
「お前…なんの気で…」
「勘違いしないで。私はクライシス家が発展するようにを思って言ったまでよ…」
「ほんとこの家はクライシス家のことか錬金術のことしか考えてないな。」
「ふん、当然でしょ?この家に生まれたものとして当たり前のことをしてるだけよ。」
「ほんとクソッタレだな…」
そう言って兄さんは少し乱暴に自分の部屋ドアを閉めて行った。姉さんは一人静かに廊下にたっているみたいだ。ふと何かボソボソっと言った。
「私だってあの子には幸せになって欲しいわよ…」
本当に本当に小さな声だった。”あの子”…?僕はいつも名前か”あれ”って言われてるから僕ではない…兄さんのことかな?そう思っていたらガチャっと誰かが入ってきたびっくりしてそちらの方向を見ると姉さんだった。まさか入ってくるとは思ってなかったから胸のあたりがドキドキしている。
「ダー、少し…聞きたいことがあるの」
「…?は、はい。なんでしょうか…?」
「そんなに畏まらなくても…いえ、いいわあのね…もしよ、外に出れたら…何がしたい?」
姉さんはとっても真剣な眼差しでそう聞いてきた。
「え、えっと…僕あまり外に出たことないからわからないですけど…そうですね…森に…行ってみたいです。」
「…森?」
「はい、森って本では読んだことあるけど実際にはどんなところなんだろうって思って…色々な素材とかあるのかなって思ったら行ってみたいな〜って思って…」
そう言うと姉さんは一瞬びっくりしたような顔だったがすぐいつもの無表情な顔に戻った。
「そう…わかったわ」
そう言って姉さんは部屋を出ていこうとした。
「あっそう、今夜はさらに寒くなるそうよ。布、そこに置いといたからかけときなさい。」
それじゃあっと言って姉さんは部屋から出ていった。いきなりなんだろうと思いながらも姉さんが置いて言ってくれた布を肩と膝の上にかけながらまた本を読み進める。

……少しだけ…心が温かくなったきがした。
               

Naomi

ダーくんとナオミちゃんの物語をのんびり書いていきます。

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